知らぬ人は少ないと思うが、私はアイドルが大好きである(現在では他界している)。
今回は、松浦亜弥さん(以降、愛称である「あやや」と記す)にスポットを当てたい。
最後のソロアイドル
あややが結婚を発表し、無期限活動休止に入ったのは、2013年のことである。当時、あややは27歳であった。
あやや以降、数多のアイドルがデビューしたが、ソロアイドルとして時代を牽引したのは、あややが最後であり、故に「最後のソロアイドル」と呼ばれる。そして、2025年11月現在、いまだにそれは破られてはいない。
早熟の天才
あややがデビューしたのは、2001年、14歳(中3)のときである。恐ろしいことに、あややは、この時点で完璧だった。
あややを表す言葉で、「アイドルサイボーグ」というものがある。つまり、サイボーグのように、機械的に、完全に、アイドルを演じることができる、ということだ。ご本人が、どこまで意識して演じていたのかは、わからない。ライブを観る限り、素だったのかもしれない。ただひとつ確かなのは、弱冠14歳(中3)で、アイドルを完璧にやり切ってみせた、ということだ。
また、歌唱力もハロー!プロジェクトのみならず、アイドル界で見ても、ずば抜けていたと言えるだろう。
アイドル史に残る超名盤『ファーストKISS』
あややの1stアルバム『ファーストKISS』は、2002年にリリースされた。シングル「ドッキドキ!LOVEメール」「トロピカ〜ル恋して〜る」「LOVE涙色」「100回のKISS」を含む全11曲。アイドル史に燦然と輝く超名盤である。
このとき、あややは15歳(中3)。神の子だ。
松浦亜弥 – ドッキドキ!LOVEメール
松浦亜弥 – トロピカ〜ル恋して〜る
松浦亜弥 – LOVE涙色
松浦亜弥 – 100回のKISS
到達点
あややが打ち立てた金字塔であり、つんく♂さんが書いた楽曲の中でも傑作中の傑作、究極のアイドルポップと言えるのが、「♡桃色片想い♡」である。これはもう、完璧としか言いようがない。歌唱、振る舞い、メロディ、アレンジ、楽曲を構成する全ての要素が完璧である。衣装も可愛い。
そして、信じ難いことに、この驚異のパフォーマンスを発揮しているあややは、まだ1stアルバムを発表したばかりで、デビューして一年にも満たない、15歳(中3)なのである。
松浦亜弥 – ♡桃色片想い♡
もうひとつの到達点
「あややと言えば」という曲がもうひとつある。「ね〜え?」である。編曲は小西康陽さん(元ピチカート・ファイヴ)。
資生堂さんが販売していた「ティセラ」というシャンプーとリンスのCMに使われており、あややに憧れて購めた当時の女児も多いであろう。
小西さんの編曲の力も大きいのだが、あややのアイドル性を存分に引き出している一曲であり、これもまた傑作と言えよう。以下の歌い出しが印象的である。
迷うなぁ~!
セクシーなの?キュートなの?
どっちが 好きなの?松浦亜弥「ね〜え?」
このとき、あややは16歳(高1)である。
歌手/アーティストへの移行
あややがアイドルを極めてしまったためなのか何なのか、歌手/アーティスト路線へと移行しようとしていたように思える。私の肌感では、故・谷村新司さん作詞作曲の「風信子」あたりから、その傾向を感じていた。「ね〜え?」から一年しか経っていない、あやや17歳(高2)のときである。展開が早過ぎる。デビューから約二年で、ソロ歌手の土俵に立とうとするアイドルが、どれだけいることだろうか。
その後、森高千里さんの「渡良瀬橋」のカバーや、『Naked Songs』(2006年)、『Click you Link me』(2010年)といった、セルフカバーを含む企画盤をリリースしていることからも、「歌手・松浦亜弥」に軸足を移そうとしていたことが窺える。
しかし、私の当時の感覚としては、この試みは上手くいかなかったように思う。ファンや世間とは残酷なもので、あややに求められた役割と理想像は、「アイドル」であったのではないだろうか。あややの高い歌唱力をもってしても、歌手/アーティスト路線への移行は困難だったのである。
結婚
あややのお相手は、w-indsの橘慶太さんである。お二人は十代のときに知り合い、そのまま結婚した。
あやや曰く、「私の青春には、すべて彼がいます。悲しいこと、辛いこと、うれしいこと、楽しいこと全部です」とのこと。一途。純愛。そんなところも、あややらしい。
おわりに
14歳でデビューして、27歳での無期限活動休止まで、よく続けてくださったと思う。
アイドルグループ全盛の現在ですら、あややのような傑物はもう出てこないだろうし、今後も「最後のソロアイドル」であり続けるだろう。粉うことなき天才である。


コメント